第6章 島田名医、やっと来てくださった!
中山紗奈は工藤達央に言われるまま、妹の隣へ横になった。
瞼をそっと伏せる。頬が熱い。男の前で肌を晒すなんて――これが初めてだ。
工藤達央は携えていた銀針を取り出し、紗奈のツボへ迷いなく打ち込んだ。
針が、トンと肌に沈む。
下腹部に溜まった血の巡りを整えると、間髪入れずに今度は中山美由へ。鬼谷十三針――。
刺す。抜く。捻る。沈める。留める。
一連の動きは水の流れのように淀みなく、しかも異様なほど速い。
そして十三本すべてが打ち終わる頃。
美由の叫びは次第に弱まっていった。身体の十三箇所から、ふわりと温かな流れが湧き上がる感覚。ようやく息が吸える。
「美由……? 少しは楽になった?」
紗奈が恐る恐る尋ねる。
美由は小さく頷いたかと思うと、すぐ工藤を睨みつけた。
「最初から分かってたなら、なんで言わなかったの!」
「確信がなかった」
工藤は淡々と返す。
「お前が脱がないと言ったせいで、症状を確定できなかった。発作を待てば確実になる。治療は慎重であるべきだ」
「絶対わざと! 私とお姉ちゃんを恥かかせたかったんでしょ!」
美由はぷい、とそっぽを向いて可愛げなく鼻を鳴らす。
工藤は言い返しもしない。紗奈に服を整えさせると、病室を出た。
「工藤さん、次は……?」
廊下に出て、紗奈が尋ねる。
「妹の病は特殊だ。高価な薬材が要る。ここなら揃ってるはずだ」
工藤は歩きながら言った。
「取りに行く。手配が面倒だ。お前も来い」
「はい……! ありがとうございます、工藤さん」
紗奈は深く頭を下げる。
その前に工藤は、廊下に立っていた病院の専門医たちへ冷たく言い置いた。
「少し離れる。この間、何があっても針には触るな」
そう言い残し、工藤と紗奈は薬品管理室の責任者へ直接連絡を入れ、薬品保管室へ向かった。薬草を選び、費用は中山グループ名義で処理する。
病室に残された専門医たちは顔を見合わせた。
自分たちは各分野のエリートだ。それが、どこの馬の骨とも知れない若造に命令されるなど――。
腹の底で煮えたぎるものがあったが、中山紗奈には逆らえない。だから憎しみの矛先は、自然と工藤達央へ向く。
――十分ほどして。
ピピピピ、と警告音。
ベッド脇のモニターがけたたましく鳴り、中山美由の血圧と心拍が急降下した。
数秒で、美由はぐったりと意識を失う。
「な、何だこれは……!」
主任が青ざめて叫ぶ。
眼鏡の専門医が冷笑する。
「決まってる。さっきの詐欺師の仕業だ」
「名医の針は何人も見てきたが、あんな速さは異常だ。運が良かっただけか、何か手品でも使ったんだろう」
「責任をこっちに押しつける気だ。今すぐ抜くべきだ」
「島田名医ももうすぐ来る。患者が針だらけじゃ、機嫌を損ねる」
そう言って、彼は美由の腹部の針を一本、スッと抜いた。
その瞬間。
美由の顔色が灰色に変わり、苦しげに呻いたかと思うと――ストン、と意識が落ちた。
「なっ……!」
専門医の手が震え、抜いた針がカツンと床へ落ちる。
主任が声を裏返す。
「ど、どうする……!? 悪化してる……!」
「早く! 中山社長に連絡を!」
専門医が叫んだ。
一方、薬品管理室。
工藤と紗奈が薬を揃えていく。紗奈は内心で息を呑んだ。
工藤の手は計量器のように正確だった。掴んだ量をそのまま載せれば、誤差もなくぴたりと合う。
そこへスマホが鳴る。
紗奈が出ると、受話口から切羽詰まった声が飛び込んできた。
『中山社長、大変です! 美由様が……お、おかしい……! すぐ戻ってください!』
工藤はそれを聞くなり、眉間に皺を寄せた。
自分が失敗するはずがない。なら原因は――。
「戻るぞ」
声が冷えた。
二人は病室へ駆け戻る。
美由はベッドの上で苦しげに呻き、呼吸が浅い。
工藤は床に落ちた針を見つけ、視線を跳ね上げた。
「誰が触った」
専門医は目を逸らし、苦しい言い訳をする。
「血圧と心拍が急低下しました。医師として救命処置は当然です」
「無知が」
工藤は吐き捨てる。
「俺の針は脈を固め、臓器を安定させる。数値が落ちるのは想定内だ」
「触るなと念押ししたはずだ」
「本当かどうか分からないだろう!」
専門医はなおも食い下がる。
「いい加減にしなさい!」
紗奈が怒鳴りつけた。
「役に立たないどころか邪魔をする連中が!」
「妹に何かあったら、江北の医療界にあなたたちの不始末を全部ぶちまけるわ!」
専門医たちの顔色が変わる。紗奈なら本当にやる。
「中山社長、落ち着いてください。島田名医がもうすぐ――」
専門医が縋るように言った、そのとき。
病室の扉が開き、スーツ姿の老人が入ってきた。
専門医は救いの綱を掴んだように叫ぶ。
「島田名医! ようやく!」
「この詐欺師が――!」
島田名医は工藤を見るなり、瞳孔を震わせた。
次の瞬間、膝をついて頭を下げる。
「工藤さん……!」
「まさか、生きているうちにまたお目にかかれるとは……!」
病室の空気が凍りついた。
専門医が呆然と口を開ける。
「島田名医……なぜ……? こいつは詐欺師で――」
島田名医は振り向きざま、怒鳴りつけた。
「詐欺師だと? 工藤さんはかつて私の命の恩人だ!」
「医術の格が違う。私など、工藤さんの足元にも及ばん!」
専門医たちは顔面蒼白になり、うつむいた。
さっきまで詐欺師呼ばわりしていた相手が、島田名医に跪かせる存在――。
島田名医はベッドの美由を見て、紗奈へ首を振る。
「中山社長……私の腕では、令妹は治せません」
「この国で治せるのは、工藤さんただお一人です」
「工藤さんがいらっしゃるのに、私が出しゃばるなど……お恥ずかしい」
紗奈は息を呑み、工藤を見つめた。
この人はいったい――。
そのとき、美由の悲鳴がさらに大きくなる。
「ああああっ……!」
